今月 7月 飛行場

一機のジャンボ旅客機が着陸態勢に入りました。するとパイロットの目がみるみる大きくなっていきます。どうやらこれから先は、経験がものをいう世界ではないようです。操縦桿を固く握りしめるパイロットの汗ばんだ手がそれを雄弁に物語っています。しかし、多くの乗客の命を預かっている身としては、一刻の猶予も許されません。責任を持って、安全な場所へと導いていく立場なのですから。そうこうしている間も、さらに大きく見開かれたパイロットの両目のように、その得体の知れない飛行場がしだいに眼下に迫ってくるのでした。
6月 猿池

私がまだ学生だった頃、近所の池に三匹の猿が住んでいました。いつも学校の行き帰りに彼らを観察しては、大きなため息をついていました。というのは、その頃私は恋をしていてその恋の行方に不安を覚えていたからです。猿たちは無邪気そのものでした。ところが、その無邪気さの中に時折さっと雨雲のような不吉な影が横切ることがあって、それに私はじっと目を光らせていたのです。猿占い、たしかそう呼んでいたはずです。そして、今私は結婚をして何不自由のない生活を送っています。もちろんあの頃の恋は成就することはありませんでした。ただ猿たちに申しわけない気持ちでいっぱいなのです。おそらく彼らの無邪気さは彼らのもので、私がそこに不吉なものを読み取るべきではなかったのです。次の日曜日に、私は夫の運転する車であの池に行く予定です。目を閉じると、水草の間で楽しそうに遊び回る彼らの姿がありありと目に浮かんできます。
5月 「海」

その旅客船は、毎日たくさんの人々を海の向こうへ運びます。小さな子供からお年寄りまで、実に年齢層は様々です。船が出航する前の楽しみは、近づいてきた雲にさわることです。それは空高くから人々の頭上まで降りてきます。どういった仕掛けになっているのかよくわかりませんが、とにかく綿菓子のようなやわらかそうな雲が手を延ばせば届く辺りまで降りてくるようすはなんだか飼い主にじゃれつくために近寄ってくる無邪気な子犬のようです。そして、人々はそんな愛嬌のある雲をさわることに無上の楽しみを覚えるのです。やがて出航を知らせる汽笛が辺りに響き渡ると、空へ延ばした数々の手は名残惜しそうに引っ込められます。
4月 「公園」

当公園を利用するにあたって、ここで簡単な説明をさせていただきます。まず敷地内の両側を占める塔ですが、これは常時炎に包まれています。火傷をするおそれがあるので、けっしてそばには近づかないでください。そして、その二つの塔を寸断するように森が縦に細く広がっていますが、そのどこかに未知の世界に通じる秘密の扉が隠されているので、足を踏み入れてみる価値はあります。さらに森の恵みを受けた水源がございますので、新鮮な湧き水とともに燃え盛る塔を心置きなくご覧いただくことができます。そして、それらを大きく取り囲むようにベンチが設置されていますが、まちがってもそのどれかに腰を下ろすようなことがあってはなりません。うっかりそこに身を預けてしまうなり、猛烈な勢いで回転をはじめます。これらのことを踏まえて、当公園ですてきな時間をお過ごしください。
3月「冬の空」

以前、僕は深い雪に閉ざされた街に住んでいました。そこで僕は、春にはすでに冬を想い、夏はほんのわずかな太陽の恵みを受け、秋には冷たい風にさらされ、そしてとうとう冬がやってくると、雪は僕の心まで白く染め抜いていくのでした。そんな中、夜だけは僕のものだったのです。峰から峰へと静かに吹きわたっていく風のさらに上空に、僕はさまざまな色にきらめく星の群れを見つけていました。