今月 12月

 雪男ホテルは、その名の通り、氷山を雪男の形にくり抜いてホテルにしたものです。外からだといくつもある氷山の一つにすぎませんが、中は宿泊施設として充実しています。複雑に入り組んだ通路は、お客様の目を楽しませるためのもので、おまけに様々な色で彩られています。さらにホテル側の計らいで、部屋と部屋は密接に連結されています。もし素敵な出会いをお考えなら、話は簡単です。こちらから心を開けさえすれば、きっとそのドアは両手を広げるようにいつでもやさしく迎え入れてくれることでしょう。ちなみにホテルの外は、かつて削り取った氷の破片がひらひらと舞う雪のように静かにただよっています。そのようすは、上層部の展望台からうかがうことができます。

11月 銭湯

 街の外れに、その銭湯があります。夕暮れ時になると、一日の疲れをいやそうと方々からちらほらと人々が集まってきます。その目的はただ一つ、心行くまで身を湯にあずけることです。ただし長時間の使用はなるべく控えることにしましょう。というのは、白い湯気とともにその身が消えてなくなるおそれがあるからです。どうやら天井部に黒い穴がぽっかりと口を開いているらしく、温かい湯にのんびりと身をあずけているうちにその黒い穴がしだいに見えてくるという話で、さらにはいったんその黒い穴が見えたときにはもう遅く、後はそこへ向かってみるみると吸い込まれていくのだそうです。実際に、数名のお客様が入浴中に行方不明になられております。だからといって、当湯の利用をためらうのは早計です。ほどよい時間を守りさえすれば、天にも昇る心持となるでしょう。

10月 もう使われなくなった飛行場

 もう使われなくなった飛行場です。以前は頻繁に離着陸を繰り返すためのものでしたが、今では周りの自然が織りなす環境もろとも大きく隆起しています。飛行場へと整然とつづいていた道路も森に取り込まれ、もはや混沌としたものになっています。さらに辺りは波紋が広がるように徐々に砂漠化していきました。それはどこか頑なに人々の目から逃れようとしているかのようです。そして、僕はこのようすを毎朝双眼鏡でうかがいながら、こうつぶやかずにはいられません。

 いったい飛行場で何が起こっているんだ?

9月 病院

 その病院で診察を受けるには、一つだけ条件があります。もしそれを満たせば、手続きは一切不要となります。その条件とは、建物の上部から始まる川をボートで登っていくというものです。ところがまだ一人として成功した者はいません。たいてい漕ぎ始めるなり、あまりの急流に大切なボートを転覆させてしてしまうからです。中には二度と浮かび上がってこない者もいます。いずれにしてもその流れに翻弄されることはまちがいありません。ここで当院長が我々患者に掲げる標語があるので、ちょっと紹介しておきましょう。それはこいういうものです。

流れに逆らって、力のかぎり漕ぎ進んでいけ!

8月 城

 城へ至る道は、一つしかありません。まず赤く炎に包まれた草原の中を突き進んでいきます。ただし道は大きく曲がりくねっているため、その身を危険にさらす必要があります。次に、建物内につづく長い階段を上っていきます。辺りはわずかに冷気が漂っているため、燃え盛る草原で負った火傷を癒すのにちょうどいいでしょう。そして、いよいよ城へ足を踏み入れますが、外へ張り出した七つの内の一つの窓から城主であるフィッチ氏の監視が絶えず行われていたことをお忘れなく。後ほどそのフィッチ氏から通告がありますので、それによってあなたがこの城の外へ出られるかどうかが決定されます。最悪の場合、城内に立ち込める異臭に苦しめられながら腐敗していくことになります。運が良ければ、晴れて自由の身となって城を後にすることができます。※その異臭は、どこか腐ったキャベツのような臭いを思わせます。

7月 飛行場

 一機のジャンボ旅客機が着陸態勢に入りました。するとパイロットの目がみるみる大きくなっていきます。どうやらこれから先は、経験がものをいう世界ではないようです。操縦桿を固く握りしめるパイロットの汗ばんだ手がそれを雄弁に物語っています。しかし、多くの乗客の命を預かっている身としては、一刻の猶予も許されません。責任を持って、安全な場所へと導いていく立場なのですから。そうこうしている間も、さらに大きく見開かれたパイロットの両目のように、その得体の知れない飛行場がしだいに眼下に迫ってくるのでした。

6月 猿池

 私がまだ学生だった頃、近所の池に三匹の猿が住んでいました。いつも学校の行き帰りに彼らを観察しては、大きなため息をついていました。というのは、その頃私は恋をしていてその恋の行方に不安を覚えていたからです。猿たちは無邪気そのものでした。ところが、その無邪気さの中に時折さっと雨雲のような不吉な影が横切ることがあって、それに私はじっと目を光らせていたのです。猿占い、たしかそう呼んでいたはずです。そして、今私は結婚をして何不自由のない生活を送っています。もちろんあの頃の恋は成就することはありませんでした。ただ猿たちに申しわけない気持ちでいっぱいなのです。おそらく彼らの無邪気さは彼らのもので、私がそこに不吉なものを読み取るべきではなかったのです。次の日曜日に、私は夫の運転する車であの池に行く予定です。目を閉じると、水草の間で楽しそうに遊び回る彼らの姿がありありと目に浮かんできます。

5月 「海」

 その旅客船は、毎日たくさんの人々を海の向こうへ運びます。小さな子供からお年寄りまで、実に年齢層は様々です。船が出航する前の楽しみは、近づいてきた雲にさわることです。それは空高くから人々の頭上まで降りてきます。どういった仕掛けになっているのかよくわかりませんが、とにかく綿菓子のようなやわらかそうな雲が手を延ばせば届く辺りまで降りてくるようすはなんだか飼い主にじゃれつくために近寄ってくる無邪気な子犬のようです。そして、人々はそんな愛嬌のある雲をさわることに無上の楽しみを覚えるのです。やがて出航を知らせる汽笛が辺りに響き渡ると、空へ延ばした数々の手は名残惜しそうに引っ込められます。

4月 「公園」

 当公園を利用するにあたって、ここで簡単な説明をさせていただきます。まず敷地内の両側を占める塔ですが、これは常時炎に包まれています。火傷をするおそれがあるので、けっしてそばには近づかないでください。そして、その二つの塔を寸断するように森が縦に細く広がっていますが、そのどこかに未知の世界に通じる秘密の扉が隠されているので、足を踏み入れてみる価値はあります。さらに森の恵みを受けた水源がございますので、新鮮な湧き水とともに燃え盛る塔を心置きなくご覧いただくことができます。そして、それらを大きく取り囲むようにベンチが設置されていますが、まちがってもそのどれかに腰を下ろすようなことがあってはなりません。うっかりそこに身を預けてしまうなり、猛烈な勢いで回転をはじめます。これらのことを踏まえて、当公園ですてきな時間をお過ごしください。

3月「冬の空」

 以前、僕は深い雪に閉ざされた街に住んでいました。そこで僕は、春にはすでに冬を想い、夏はほんのわずかな太陽の恵みを受け、秋には冷たい風にさらされ、そしてとうとう冬がやってくると、雪は僕の心まで白く染め抜いていくのでした。そんな中、夜だけは僕のものだったのです。峰から峰へと静かに吹きわたっていく風のさらに上空に、僕はさまざまな色にきらめく星の群れを見つけていました。